【日常】2025年5月

5月24日(土)

仕事をしていて、心から報われたと思うような嬉しい出来事があった。
それを子達へ伝えると「頑張ってたもんなあ!」とすごく喜んでくれて
私も自分の事なのに「こんなに喜んでくれて!めっちゃ優しいこの子達やばない?」と
なにか外側からドラマを見ているような感覚だった。

実姉達とはあれ以来(事件は先月でした)連絡を取っておらず、
実に爽快で毎日が清らかに生きれている気がする。
母亡き後の喪失感というか脳のブレイク加減は、母というより
あの姉たちとの不毛なやり取りで壊れたんだと今ではストンと落ちた。

先日はクリームスパを作ってソースを煮詰めていると
「なに!?いいにおいがする!ちょっと!麦茶わかしてるの!?」と
長男が嬉しそうに聞いて来たのがツボでした。

クリームスパですよ、麦茶じゃないです。

【日常】2023年10月

2023年 10月22日 日曜日

良く晴れた休日の朝。とても気持ちよく目が覚める。
なかなか寝付けない性分なので、いつも無理矢理の様に「眠くなれ眠くなれ」と
儀式かの様に目を閉じるのだけれど、休みの前日は「眠くなる」まで耐え、
ことん、と意識が落ちるのを待つ。これが何よりの楽しみで、昨夜もそうだった。

「翌日はお昼頃まで寝てやるぞ!」そう意気込んで眠りに落ちたのだが
ちゃんと朝には目が覚めてしまい、妙にがっかりとする。
せっかく誰にも起こされなくなったというのに【いい年】になると、
眠るのにも体力がいるのか・・・?それともここ十数年の週末を、子の部活だの学校だのと
動き回ったから身体が慣れてしまったのか・・・?
どちらにせよ眠り続けてみたかったな。若い頃の様に。

次男は4月から社会人デビュー、現在は我が家から仕事に出かけている。
休日も勤務時間も不規則なので、平日仕事をする私の横でオンラインゲームをしていたり、
今日の様に次男が仕事に出て私が一人のんびり休んでいる日もある。

長女が今夏に彼氏と同棲を始めたことによって、
我が家も自動的に私と次男の絶賛二人暮らしがスタートする事となった訳で。
話しかけると答えてくれるが、自分からはなかなか話しかけて来ることのない次男。
根はとても明るいのだが、言葉を最小限に端的に伝える癖みたいなものがあるので
家は確実に静けさに包まれる。
【静かな我が家】。そんな生活は想像ができなかったが、同時に楽しみでもあった。

ところが、である。

始まってみると、なんかいい感じで。

平日の夕方は仕事を終えてゆっくりと夕飯を作り始め、出来たら私は一人で晩酌を。
この頃に次男が帰宅してお風呂へ。上がると吞んでいる私の横に座り、ポソリ、ポソリと
その日あった事を話しつつ食べ始める。
それを眺めて吞む(突っ込む、笑う、踊る)私。

食事を終えると、オンラインゲームをする次男とパソコンで動画を楽しむ私。
熱いコーヒーを片手に、別々に楽しんでいる感じで、
すんなりと邪魔されずに流れていく感じが妙に心地良い。

たまにどっちかが噴出して笑ったりしてもノー突っ込みで、ノータッチ。
静かなのにお互い「あ、いるな」って感じで、どちらの空気も乱さない感じがすごく良いじゃん。
こんな大人っぽい生活になるのかー、と思った(48歳)。

長女のいた頃の【好きなだけ喋りあって発散】みたいな生活や、
長男帰省の時の【一回笑い始めたら笑いっぱなし】みたいな生活も、どれもすごく良い。
多分選べないし、選ぶ必要もないと思う。みんな個性豊かに育った証拠だもの。
全員集まった時の、ごちゃごちゃした空気も、うちにしか流れない宝物だと思っている。


最近よく思うのだけれど必死でこなしてきた【子育て】が終わったその途端
マッハで【答え合わせ】が始まるの、なんなんだろう良く出来てるよなこのシステム。

子供が嬉しい時や困った時、周りをどう見ているか、どう決心するか。どんな美学や誇りがあるか。
そこにもう私の立ち入る出番はないはず。ただ「私の育児の答え合わせ」として
見守る事しかしてやれないんだろうな。
間違っていた時の、親としてのけじめを持つ覚悟だけは持っておかないと。
怖ええー。そんな日が来ないように祈るしかないな。

そんな事をのんびり思った休日の朝でした。コーヒーが美味しい!!








ピカピカノミライ

2023年 7月 27日 木曜日

あ・・・あ゛つ゛い゛。
この暑さで「7月なんですけど」とか言われたら、無理。お手上げです。
私はまだ自宅でエアコンつけて仕事をしているのですが、
買い物に出るだけでもクラクラきて眩暈がします。みなさまご無事ですか。

↑これ、近所のドラッグストアで買ってみたんですが、かなり良き!です。
首に巻いて使うんですが、首が冷えると全然違いますね。
私は夕飯時に使っていて、暑さでのぼせるような発狂がなくなりました(発狂してたんですか)。

使用後(液体化します)も冷凍庫などに入れなくても、放ったらかしておくと
28度以下の環境になった途端、自分であっという間に凍り始める賢い子です
(水をかけたりエアコン車内などでも凍り始めます)。
低温やけどやビチャビチャ結露も全くしないので、寝るときに足の付け根などに付けても良さそう。
正規品は3000円くらいなのですが、私のは1000円で買ったので多分パチモンだと
思います。それでもこの効果。アマゾンで「首 冷やす」などのワードで検索したら
出てきますので、よろしければお試しください。
かなりおすすめです。生き延びましょうぞ、みなさま。

 

さて、来月の下旬には長女が家を出て、長年付き合ってきた彼氏との生活が始まります。
親の私から見てもこの2人の相性の良さは、もう他ではなかなか
出会えないじゃないかなあと思う位に、凸と凹ががっちりはまっています。
向こうのご夫婦と私も長い付き合いになるので、今回の件で
改めてご挨拶に伺わなきゃ、と思っています。

長女が炊事、洗濯、、家事ねえ・・・炊事以外は彼氏くんの方が上手いと思う。
やば、あと一か月しかない。猛特訓しなきゃだな、生きるためだ頑張ろう長女!


ピカピカの輝く未来が待っている・・・。ええなあ。
君たちフレッシュ過ぎて、ババアは目がつぶれちゃうよ。

次男いよいよパリピデビュー。私もデビュー。

2023年4月2日(日)

またこの季節が来た。春。
私の住む地域では桜の木が葉桜になりかけて、間もなく舞い散ってしまいそう。
入学式や新生活を迎える日まで、なんとか踏ん張って欲しいな。
桜は儚くて、力強さがあって大好きな花だ。
寒いから花見するほどではないけれど(しろよ)、そこに毎年存在してくれているだけで
励まされている様な気がして、勝手に元気を貰っている。

さて、こんな感じでこの年まで様々な春を迎えてきた訳だけれど、
今年ばかりは今までと少し違った気持ちになっている。

【THE・巣立ちの春】である。

我が家の次男は、先日高校を卒業してこの度社会人としてデビューする。
デビューが何を意味するのかは微妙だが、我が家から学生が消滅すると言う事だ。

我が家は3人を年子で産んでから、保育園、小学、中学、高校と
入園入園入園卒園入学卒園入学卒園入学卒業入学卒業入学卒業・・・と書いていて混乱してきた(笑)
延々と繰り返してきたんだけれども、今年でとうとう学校との繋がりが無くなってしまった。

車の免許を取った次男は、連日バイトにデートに外食にドライブにと、とにかく家にいない。
控えめに毒を差し込んでいた今までのクールビューティはどこかに深く埋めて来たようだ。
次男の突然のパリピ変換に少しビビっている私をよそに、
長男と長女は「まあそんなもんでしょww」とニヤニヤ見守っている。
そんなもんなのか、ふーん。

こうして次男が新しい環境に順応すべく活動しまくっている中
私はというと嬉しくてたまらないような少し寂しいような、絶妙な不安定さに戸惑っている。
次男は実家からの勤務だから、これまでの生活と何が変わる訳じゃないことは
理解しているはずなのに、何かが減るような気がして心が晴れずにいる。

長男と長女が社会人となった時、おめでとうという気持ちと同時に
「さあ、負けてらんない!これからもっと頑張らなきゃ!」と
気を張っていた様な気がするんだけれど、今年はそんな感じでもない。

もやもやしていたのだが、たった今、これを書きながら分かった。

【必要とされない立ち位置】に恐れが出ているんだ。

自分自身がそうだったように、また、自分の理想の親子関係でもあるのだが、
「自立した関係」になる事に「早くね?もうちょっといいじゃんか」と
すがっているのだろうと思う。

いかんなー、こんな事では。20年ぶりに到来した
『私だけの生活』を早く見つけようと思う。
楽しいことが山盛り待っているはずだ。
死ぬまでに一つでも多く笑いたいじゃないの。

そう思ったらワクワクしてきた。
よっしゃ生きるぞ、目指せキラキラババア。

よろしければこちらもどうぞ
↓ 振り返ったら長男の時もユラユラしてた。私のバカバカ!

【日常】2023年3月

 

 

3月13日(月)春が来る前はザワザワしますもんね

次男もあと少しで社会人。・・・と言っても、家から出て行く訳ではないし、
お弁当も相変わらず要るらしいし(ま!じ!で!か!)
生活は今とそれほど変わらないと思われます。
現在も友達と夜中までピコピコゲームしてますが、やっぱり期待と不安でドキドキなんだろうな。
たまに大きな息を吐いて、気を取り直している姿が見られます。
うん。ピュアで眩しい。

ところでWBC素晴らしかったですね。全勝おめでとうございます。
我が家もこの期間は早々に夕飯をでっちあげ(字のごとく)子供達と歓声をあげました。
村上選手が思うように手が出ず、渾身の一本が出た瞬間には
家族中で叫び倒しました。

凄いですよね。背負っているものがとてつもなく大きく、
私たちの想像より遥かに重たかったであろうプレッシャーを跳ね除けての
あのバッティング。

ベンチの中もみんな温かくて、私は勝手に村上選手の母親気分で泣いてました。ゴォゴォと。
長女に「あなたの子はここ!ここだから!目の前!」と笑われました。
ちなみに、長女は吉田選手が映る度に「あ、私の男だ」と呟いていました。

ちげーから。

今夜は長女と次男が服を買いに出て帰りが遅いので、一人晩酌でまったりです。

 

3月2日(金) 親子そろって卒業式

我が家の末っ子、次男坊が無事に高校生活を終える事が出来ました。

お祝いのメッセージを頂戴して、深く感謝申し上げます。
次男に見せたところ、無表情を装いつつも鼻をヒクヒクさせて嬉しそうでした。
さすが、我が家が誇るクールビューティです。

実は【今どきの高校生はヤベーのでは?】なんて先入観ありありで行ったのですが、
もう土下座して全力で謝らなくちゃでした。逆の意味で【マジか!】と
頭をフルスイングで殴られたような光景ばかりで、ババアおったまげでした。

みんな擦れていないというのか、穢れなきというのか、
子供たち全員が先生、男性とも女性ともはもちろん、
後輩や保護者とも無邪気に素直に接しあっていて、
『令和・・・だよな』と、タイムスリップしたみたいな、こんなに温かい卒業式は初めてでした。

先生ともお話したのですが、
「本当に優しい子たちばかりで、何をするにも団結して一生懸命な子達でした。
本当に、私の自慢の生徒たちです」と言われて、胸が熱くなりました。

・・・と同時に、《じゃあ、毎日我が家でなめくじのようにうにょうにょ寝転がって、
ゲームしかしないあいつは誰なんだす!?本当に同じ人物なのですか!?》と、
頭によぎってしまいましたが。

ともあれ、良かったね。この3年間で、しっかりと青春したんだね。
いい仲間と先生に出会えて、また一つ幸せになったんだね。本当におめでとう、次男。

そしてこの日は驚くことがもう一つありました。

なんと、母親の私の卒業式までしてもらっちゃいました。
参りました。花束を手にした瞬間、一気に子供たちが幼い頃にコンセントにヘアピンさして
自家発電フラッシュした事件や、少年野球で負けて、絶対に泣かないと歯を食いしばる顔とか
お寿司を運ぶのにひっくり返して大泣きしている姿が浮かんできて、
涙が出るばかりで、なにも言葉が出ませんでした。

「3人年子って、大変でしょ」よく心配されたけれど、私はその生活しか知らないし
毎日が、一か月が嵐のように過ぎ去ってしまうように暮らしてきただけですが
何も出来ない、しゃべれない赤ちゃん3人が、
こんなにしっかりと大人になっていたんですね。
私のほうこそ、今日まで沢山学ばせてもらいました。
子供たち、私のもとに生まれてきてくれてありがとう。

という、嬉しくてびっくりばかりの1日。

【日常】2023年2月

2月12日(日)

ご無沙汰でございます。
次男は高校野球を夏に引退し、長女は車の初心者マークが外れる頃になりました。
早い。早すぎんか一日が。
気が付けば一か月が経ってい。そんな毎日を送っております。

昨年の9月16日に入院した実母は悪性リンパ腫と診断され、
10月の1日に急逝しました。とてもよく笑う、気丈な母でした。
今のご時世がら面会も叶わなかったので、一人ぼっちで逝った実母が不憫でした。
あまりにも早すぎる別れに実父はもちろん、私たち娘たちも孫たちも受け入れる事が出来ずに
何気ない場面で(歯を磨いているだけだったり仕事しているときだったり)
涙が勝手に出始め止まらなくなったり、味や文章や音が理解できなくなったりと
不思議な状態が続きました。

今振り返ると「脳が拒否していたんだろうな」と思います。
「このままではいけない、しかし頭に何も響かない」と他人事のように考えているような、そんな
【身体を誰かに貸している】ような状態が続いていたのですが、
最近になってやっとこさ、自分で考えて決断するという日常が戻ってきたように感じています。
実母の死を受け入れられたのかな。どうなんだろうか。
【悲しい】はちゃんと癒えるんだなあ。
ならば【寂しい】ともちゃんと付き合えるはず。逃げずに模索していこうと思います。


ところで、もうすぐバレンタインですか。
今日は長女が彼氏にと、手作りチョコと格闘しています。
次男はデートに出かけました。
長男と私は家でゲームをしています。大丈夫だ、がんばれ、長男(なにをだ)

なんでもない日曜日がありがたいと思ったので書いてみました。



幼子と初めて契約を交わした話

買い物で子に駄々を捏ねられた時の絶望感

子供連れの買い物。

どこの子供連れの家庭でもそうだろうが、
我が家の年子3人が幼かった頃も、買い物に行こうとなるとひと騒動だった。
小さくて丸いものを片っ端から食べていこうと口に入れ、
穴を見つければ細長い棒を突っ込まずにはいられない年頃の幼児を、
家に一人で置いておくわけにはいかないし、まして二人で留守番させるのもまだ無理。
3人まとめて留守番なんてさせると、家ごと破壊されて無くなる恐れがあった。

しかも買い物に出たら出たで、難問も山積みだ。
避けては通れないお菓子エリアに始まり、キャラクターもののカートの運転席争奪戦、
振り向いたら消える子、商品を触りたがる子、時間差でトイレに行きたがるなどなど……。
その中でも、駄々を捏ねられたとき、ほとほと困って泣きたくなったのを覚えている。

店で子供が駄々を捏ねる時、理由はさまざまあるだろうけれど、そのひとつに、
【今なら、要求が通せそうだ】というのもランクインしていると思う。
周りに人目が多く、母親が大きな声で叱るのをためらいそうな、取り合えず仕方ない、と
交渉に応じそうな状況。
そんな時に「今だ!」と思い切り駄々を捏ねて見せるのではないかと思うのだ。
こんな嫌らしい仮説を立てるのはなぜかというと、何を隠そう、
私自身がそんないやらしい子だったからだ(いばるな)


『泣いたら簡単に手に入る』こんなぼろ儲け経験は、一度味をしめたら絶対に次も使うだろう。
なんなら、いい大人がこの手法を駆使して、思い通りに事を進めていくのも何度か目にしてきた。
『涙はなんちゃらの武器』とも言いますしね(おっとこの話はまたどこかで)

買い物に出かける度にへとへとになって車の中に乗り込み
「んもー!なんで?普段はそんな我儘言わないじゃんか」と帰り道に子供に注意する、
そんないやなルーティンを抜け出すべく、私は考えた。

 

子供と契約を交わす

 

子供はお菓子が欲しい。私は店で大騒ぎするなと言い聞かせたい。
ならば私は、【騒がなかった時は必ずお菓子を買う】ということを契約して
『騒ぐ・騒がない』は子供自身に決めさせる事にした。

A  騒がない。契約通り好きなお菓子を買ってもらい、褒められる。

B  存分に騒ぐ。不履行なのでお菓子は買ってもらえない、文句も通らない上に説教される。

毎回、お店についた駐車場で子供たちと「今日はどっちにする?」と契約ごっこをした。
あ、お店や病院など、人が集まることで周りにどんな迷惑をかけるのかを説明した上でね。
子供たちは、その日の気分で決めているようだったが、【けいやく】という大人びたワードを
使うのが嬉しいようだった。

この契約は、実は親の私に大きく効果があった。

「騒ぐ」と宣言された上で騒がれても「はい、そうですわな」と、感情的にならずに
叱ることが出来た。そしてなにより叱られた側の、子供の受け取り方がスムーズなのに驚いた。
自分で選択した通りに叱られる子供は、「よくわかんねーけど叱られた」ではなく
「自分で叱られるのを選んだ」という感じで、素直に話を聞けるような状態に変化したのだ。
二人はお菓子を手に入れたのに、自分だけがお菓子を手に入れられなかった、そんな状況が
何度かあったのも、相当堪えたのだと思う。

それまでの人の目を気にして、叱ったり叱らなかったりの私のやり方は、子供たちが
「母親の機嫌が悪いから当たられた」と捉えていたことを知った。

ご褒美制は損得勘定が肥大するのでよろしくない、と言われそうだが、私もそう思う。
なので私は【けいやく】という勝手な解釈の逃げ道を作り、
『これは母から授けられた褒美』ではなく、子供が『自分で頑張って手に入れた成果』だと
『母が怒っているから叱られた』ではなく『叱られるの自分で選択をした』と
あくまでも母がいようがいまいが、契約だから結果は変わらないのだと説明をした。

叱る時には一緒になってほかの兄弟が「私はできたのにー」「なんでできなかったのー」
「だから言ったのに」など、一切口を出させないようにした。
このやり方は現在まで続いている。嫌なこともうれしいことも人のせいにしないようにする為に。
褒める時にも同じように、その子一人だけに合った称賛を、渡した。

次第に子供たちは
「騒いでも要求は通らない」「何もいいことないじゃん」と理解して(こんな理不尽契約当たり前だ)
行儀よく買い物を済ませて、得意げにお菓子を選ぶようになった。
好きなお菓子という約束なので、ファミリーパックの大きな袋を持ってきた時は「まじかよ」と
思ったが、そこはぐっと我慢。笑顔で「けいやく、まもれてすごいじゃんー」と買った。

そのうちに「けいやく」をしなくとも買い物ができるようになり、3人が協力して
お菓子の分配(金額、量が公平になるように)をいかに達成するかにシフトしていき、
お店の駐車場での契約談議はなくなった。



今では我が子も大きくなって、買い物についてきてくれることも減り、
私一人で買い物することがほとんど。
店内で、泣いて訴える子供ちゃんに困り果てる保護者の光景を目にすると、
「大変だよね!」「全然大丈夫だから」と応援したくなってくる。

あぐらを組んでオンラインゲームをしている子供の横で、
「ああ、君も散々ぐずっていたよね、あの頃が懐かしいよ」と思いながら書いてみました。
誰の何の足しにもならない、我が家の昔話。






【あれやこれや】 助けてもらって・助けて・助けてもらって

来たか。まだか?秋。

今年もしっかりと夏を味わった。もういい。
「また来年元気な顔を見せておくれ。」・・・と言いたくて仕方がないのだが、
そうはいかないようだ。しっかり蒸し暑いじゃないか。朝晩は涼しくなったが、
日中の蒸し暑さといったら現役バリバリの三原じゅん子みたいだ(ついてきて下さい)

気温が高いとなると思考速度が30%落ちる私は、思わず
「まじ勘弁してください」と土下座の一つでもしたい所。

恋しい。頬が痛くなる程の冷たい風の中、凍えながら「寒い寒い!」と帰宅して、
熱いお風呂に浸かり、そしてグツグツのお鍋をみんなで囲んでハフハフしたい。

結局はそう。食いしん坊に辿り着いてしまう。

あー。夏さん扱いが雑でごめんなさい、どうか怒らないで。

子供にしたことを子供からされる

この通りポンコツまっしぐらな私なのだが、この夏で親子関係に変化を感じた事がある。

あぢいあぢいとボヤキながら私が買い物に出かけると、何気に子供達が一緒について来てくれて、
買ったものを運んでくれたり、冷蔵庫に入れるのを手伝ってくれる。

最近は部活を引退した長女があれこれと、洗濯物を片付けてくれたり
米を研いでお味噌汁を作り、朝にはお弁当の玉子焼きやウィンナーを炒めてくれたりするのだ。


やばい、なにこれ。ここは天国ですか?

 

下手したら、洗い物やお茶まで沸かしてあったりする。
あまりに生活が急に楽ちんになったもんだから、頭がバグっている。

甘え続けるのも申し訳なくなり、テレビの裏を拭き掃除したりしているのだが、なんだか落ち着かない。
常に「いいのかなあ・・・いいのかしら・・・」と、尻の座りが悪いったらない。
いつばちが当たるのではと、いたずらが見つかってビクビクしたあの心境。
そして、ふと思ったのだ。

これって、親子関係が逆転してるのでは?

 

  • 私が生まれて両親からお世話してもらい、美味しい食事を頂いて車で移動させてもらって。
  • 私が両親のお世話を手伝うようになって、食事を作ったり車を出して出かけて。
  • 子が生まれ、我が子のお世話をして、食事を作ったり車を出して出かけて。

    そして。現在子供達が私のお世話を少しづつ始めている。

そう思ったらなんだか、なんか凄いなと。

「したことが返ってきた」という【ご褒美的】なものではなく、
「廻っているんだ」という愛情のバトンリレーの様な繋がりに、この上なく温かい気持ちになった。

 

まあこれは、私の勝手な解釈で、子供達からすれば

 

介護だよ!介護!
うちのババア物まねばっかりして、なんもしねえからな!

 

という可能性も、80%だ(こっちがほぼ正解じゃないか)。

 

素直に言えないけれど、うちの子3人さん達。本当に有難うね。
いつも笑いが絶えないのも、大騒ぎしてにぎやかに楽しめるのも、あなた達のお陰。

母ちゃん、まだまだ頑張って新しい物まね手に入れるからね!(まだ判っていない)

今夜は、子供達の大好きなメニューにしよう。
あ、栗ご飯炊いたから、秋刀魚でも焼こうかな?

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